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「大みそかだよドラえもん 1時間スペシャル」感想

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しばらくぶりの更新となってしまいましたが、今年の大みそかスペシャ*1の感想を。

 

全体の構成

今年の大みそかスペシャルは、昨年同様1時間3作構成でした。ただし、2作めは川崎市藤子・F・不二雄ミュージアムのオリジナルアニメを地上波後公開したもの。

作品数だけで価値を測れるものではありませんが、昨年がオリジナル4作構成だったことを思うと、「一歩後退」か。

 

続いて、各作品について感想を。

 

「戦国のび兵衛がんばれ」

原案は「ご先祖さまがんばれ」*2スネ夫に「ご先祖様が家老だった」と自慢されたのび太が自分の先祖も立身出世させようとする、という基本的構成は同じだったものの、オリジナルキャラのしず姫や服部ジャイ造が登場したりと、かなり独自の展開を取り込んだ準アニメオリジナル作でした。実はのび太ドラえもんの介入によってスネ夫の先祖が出世していたというタイムパラドックス的なオチは原作通りだったものの、事の真相にしず姫さまは気づいてくれていたので、原作よりも優しい展開だったか。個人的には、この終わり方も好きでした。

放送時間上は本作で前半30分を使っており、スペシャル放送の中心になるアニメオリジナル中編的役割*3を負っていたといえそうです。

 

ドラえもんパーマン危機一髪!?」

 

パーマン連載開始50周年を翌年(明日からですが)に控えての放送でした。

前述のとおり、元はFミューのオリジナルアニメ*4。F作品コラボらしい手が込んだ小ネタはさすがの出来。

そのことは明示されなかったのですが、実は(もちろん?)続く「星野スミレのひみつの恋」とリンクしています。スミレちゃんが「どうして私がパーマンだと知っているの!?」と驚く展開がありましたが、結果的にはこれも、次作の「秘密」を暗示する複線になっていました。

 

「星野スミレのひみつの恋」

原作は「影とりプロジェクター」*5。こちらは、前半は「架空通話アダプター」*6をベースとした展開でしたが、違和感なく構成されていました。

作品のチョイスは、おそらくはパーマンつながりと思われますが、芸能人の私生活をめぐるスキャンダルにむらがる大衆、それに翻弄される芸能人という一個人という意味では、今年一年を締めくくるにあたって「時事ネタ」という側面もあったのかもしれません。

最後は原作通り「ここに書くわけにはいきません」という、優しい終わり方でした。スミレちゃんの大切な人の正体が気になる方は、ぜひ「目立ちライト」*7をご覧あれ。ちなみに、冒頭シーンに登場していた芸能リポーターは、さりげなく「目立ちライト」に登場する、あのリポーター。目立ちライトの効果からは、解放されていたようです(?)。

年の最後に、作品の枠を超えて、なかなか手の込んだ一作でした。

 

 

というわけで、今年最後のドラえもんの感想でした。

大みそかに、アニメをスペシャル放送しているということ自体ドラえもんの「すごさ」なのだと思いますが、個人的には、また2時間or3時間のスペシャルを見てみたいなーという思いもあります。一方で、今年のスペシャルには、特にパーマン50周年を記念してからの「星野スミレのひみつの恋」という流れには、短いながらも質の高いスペシャルを見せてもらった、という満足感もありました。

 

来年からのアニメドラえもんにも期待しつつ、みなさま、よい新年をお迎えください。

 

映画『ドラえもん のび太の新・日本誕生』感想(1)

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年度替わりの忙しさで3か月以上にわたって更新を放置してしまい、事実上のブログ閉鎖か、という様相を呈していましたが、またぼちぼち更新していきたいと思います。

 

 というわけで今回から、何回か(少なくとも2回、たぶん3回?)くらいに分けて、そろそろ落ち着きつつある今年の映画『ドラえもん のび太の新・日本誕生』について、少し感想をアップしたいと思います。

ドラえもん 新・のび太の日本誕生

ドラえもん 新・のび太の日本誕生

 

(まだ映像ソフト等は予約もはじまっていないので、かわりにゲームのリンクをはってみました*1

 

全体の感想

「良かった」というのが、全体的な感想です。細かいことで「あー、こっちよりあっちがよかった」というようなこともあるにはあるのですが、全体としてはとても良かった。

この意見は周囲の評判を聞いていてもおおむね共有されているようですが、一方で「どこが良かったか」については、割と意見が分かれるのではないか、という気もします。

というわけで、この記事では主に「自分から見てよかった」ところについてコメントしてみたいとおもいます。

 

歴史をつくる物語としての洗練

原作、旧作から一貫して『日本誕生』に共通するテーマとして、「日本というくにの歴史がはじまる瞬間に立ち会う物語」という点が挙げられるでしょう。そこは、今回のリメイクでは今まで以上に洗練されて描かれていました。

 

特によかったのはクライマックス。原作ではのび太がドラコ・グリ・ペガを連れてのび太が現れると比較的簡単に倒されていた感のあったギガゾンビとドラえもんたちとの攻防が、歴史というテーマにそった形で、より盛り上げられていたことでした。

 

ギガゾンビが、今作で追加されたアイテムである亜空間破壊装置でタイムトンネルの破壊を企てるなか、その亜空間破壊装置にククルがとびかかり、必死の力を振り絞りながら素手で装置を破壊する。

そしてドラえもんとギガゾンビの二度目の対決。22世紀の原始生活セットの石槍では勝てなかったドラえもんが、今度はククルの本物の石槍でギガゾンビに勝利する。そして仮面を割られ、ただ狼狽する老人の姿が見えたギガゾンビに「偽物の歴史が、本物の歴史に勝てるもんか!!」と言い放つ。

 

この流れは、歴代映画ドラえもんの中でも、屈指の名クライマックスだったと思います。ドラえもんvsギガゾンビという、基本的には未来人vs未来人という構図の中で、最も無力なはずのククルが未来人の作り出した亜空間破壊装置に素手で立ち向かうという姿には、まさに「本物の歴史」が「偽物の歴史」に立ち向かうたくましさが表れていました*2。かつ、装置にとびかかり、幼い少年の身体の力を振り絞り亜空間破壊装置をへし折るククルの表現は絶妙だったと思います*3

そして亜空間破壊装置を破壊されたギガゾンビにドラえもんがとどめを刺すシーン。ドラえもんが敵と直接対決するという珍しさ、そして一見すると「1世紀負けた」前の対決と同じことの繰り返しのようにみえて、なぜかドラえもんが勝つという驚き。そして前述のセリフ、という流れも、観客の予想を裏切る勝利のカタルシスも相まって、クライマックスの頂点にふさわしい盛り上げ方をしてくれていました。

 

この「歴史をつくる物語」というテーマが編み込んだうえで、派手に盛り上げたクライマックスは、単に映画の華やかさを増すだけではなく、それまでの「歴史がつくられていく」描写(例えばドラえもんがヒカリ族に秘密道具を貸すことを拒んで「文明の発展」を語るシーン)を受けて、この映画に重みをもたせていました。

 

というわけで、今年の映画のクライマックスはーそのクライマックスをドラえもんとギガゾンビの対決と観る限りはー歴代映画ドラえもんの中でも最高クラスの名クライマックスだったのではないかと思います。そしてそれが、私が今年の映画を「名作」と思った理由でした。

 

というわけで今年の映画で一番好きだったことを書いたうえで、次はまた違ったことについて感想をまとめてみたいと思います。

(つづく)

*1:ちなみに、『日本誕生』は旧作もゲーム『ギガゾンビの逆襲』としてゲーム化されている。

*2:さらに、ドラコやペガが現れたシーンで、ヒカリ族の人々が手に手に石槍を持って、「ドラゾンビ様を助け出せ!!」とクラヤミゾクとギガゾンビ相手に殺到する様子が描かれ、そしてククルの父親とクラヤミ族の頭らしき人物との闘いも、比較的丁寧に描かれているこ。

*3:そして細かいことを指摘するなら、へし折られた亜空間破壊装置の断面が、何の変哲もない電子回路らしきものとして表現されていることにも芸の細かさを感じる。

2月12日ドラえもん感想

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大学が学期末であわただしくてしばらく更新ができず、気づけば新年初の更新が2月までもつれこんでしまいました。引き続き、ぼちぼち、細く長く更新していきたいと思います。

というわけで、今日のドラえもんの感想を。

 

「恋する!?変身ビスケット」

一話めは季節を反映してバレンタインねたでした。おそらくはアニメオリジナル。

バレンタインといえば、のび太がしずかちゃんにチョコレートをもらえるかで気をもむという展開かとおもいきや*1、今年ののび太は、しずかちゃんからのチョコレートが内定済みの模様。リア充です。

むしろ今回フィーチャーされていたのは、ドラえもんの方。ミーちゃんとのデートに向けて、冒頭からひげをドライヤーで整え、蝶ネクタイでおめかししている様子がイカしてました。

動物びすけっとを食べたミーちゃんがねずみになっていると思いきや、実はそもそもミーちゃんは席を外していただけでネズミとデートしていたというオチは、途中からよめたもののナイスどんでん返し。「姿がどうなってもミーちゃん、君を愛しているよ」というやたら大層なドラちゃんのリアクションとのギャップが笑

ドラえもんが「主人公のび太のお目付け役」ではなく、本人自身がエンジョイしたりひどいめにあったりする展開は、ドラえもんというキャラの「可愛いやつ」さが際立つものの決して多くはないだけに、貴重なストーリーだった気がします。

 

「することレンズ」

てんこみ30巻収録の同名の漫画をアニメ化したものでした*2。個人的には原作から好きな話だったのですが、丁寧にアニメ化されていて嬉しい一話でした。

この話は前半のコミカルさもさることながら、やはり後半、追いつめられて悪事に手を染めようとしている若者が、ドラえもんにはられた「どじバン」で悪事が全て裏目に出て(?)善行になってしまい、最後は改心するという展開が最大の魅力。今回は、男の暗い表情、裏目に出て善行になってしまった時のとまどった表情、そして改心するまでが丁寧に描かれていました。

火事を消し終わった時点でどじバンがはがれてしまう、つまり最後に悪事を白状して涙を流したのは本人の意思だったことを示唆する演出、そして改心して明るい表情でいきいきと働く姿をドラえもんのび太がすることレンズで見届けて終わるという演出は、ひみつ道具というガジェットが活きた温かい演出でした。ナイス映像化。

 

ドラえもんをちゃんと見たの自体が約1ヶ月ぶりでしたが、二話とも楽しめた回でした。ではでは。

*1:バレンタインではなく誕生日プレゼントであるものの、ドラえもん (42) (てんとう虫コミックス)収録「ふたりっきりでなにしてる?」がこれに近い筋書き。

*2:「することレンズ」ドラえもん (30) (てんとう虫コミックス)

12月31日ドラえもん感想

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今日は大晦日ドラえもんスペシャルでした。

 

大晦日ドラえもんスペシャルというと、私が小学生の頃(声優交代前5年くらい?)は12月31日の18時から21時の3時間にわたるスペシャルが放映されるのが常で、再放送するためのストーリーのストックが多かったとはいえ、今思えば豪華な-やや異常なまでに豪華な-構成だったなと思います。

その後、声優陣が交代した2005年に、それまでと同様の3時間スペシャ*1を放映したものの、その時は再放送するストックが1年分にも満たなかったこともあり、「再放送ばっかり」という不満の声を聞いたのを覚えています。その後は大晦日に放送すること自体が少なくなり、一方では映画の地上波公開を大晦日に行ったりと変遷を繰り返しているようでした*2

個人的には再放送と、30分枠、そして各ストーリーの間にドラえもんが一年を振り返ったり、キャラクター達が忘年会を楽しんでいるミニアニメが流れる昔の構成が懐かしいのですが、やっぱり「大晦日にドラえもんを観る」ということ自体、楽しいことだなと思った1時間でした。

 

以下、各ストーリーの感想を。

 

「初売りドライ・ライト」

原作は33巻収録の「地底のドライ・ライト」*3。「初売り」というタイトルは大晦日特番を意識したものだと思いますが、特に正月を意識した演出が凝ってるという感じではなく、直球のアニメ化でした。

この話の魅力といえば、なんといっても、社長就任→どら焼き食べ放題というのび太のプレゼンにそそのかされ、金儲けの鬼と化すドラえもん守銭奴ぶりです(笑*4 今度のアニメ化では、徐々に価格を吊り上げるドラえもん、しずかちゃんにさえ妥協しない商売気、それに引き気味ののび太が映像化されていて、楽しい回でした。

 

百人一首にアンキパン」

 

こちらは打って変わって、正月というモチーフを全面に押し出したアニメオリジナル*5

しずかちゃんと出木杉という知性最強の2人を味方につけたジャイアンvsのび太ドラえもんスネ夫という珍しい対決でした。オチは「テストにアンキパン」と同じかな、と思いきや、ここで「ジャイアンの母ちゃんが豪華賞品と押していた」という伏線を回収するオチが用意されてたのが、原作を知っている者としては嬉しいところ。

「みんなで百人一首対決」というストーリーや、ドラえもん百人一首の説明をする、話の大半は大会会場を舞台に進むという構成も含め、上で述べた各ストーリーの間に挿入されるショートアニメと同じ様な役割を担うお話だったのかもしれません。

 

「オンボロ旅館をたて直せ」

原作は34巻収録の同名の作品*6

個人的には最後でちゃんと「じゅうきゅうえもん……」と言ってくれただけでも映像化としては満足ですが、ちょっと原作よりも感動系より、しんみりとアニメ化されていた印象。空っぽのコップを傾けるお客さんたちの姿は、ほんのりするべき場面なのですが、若干不気味だったような気も……

 

「雪でもポカポカ! エアコンフォト」

原作はプラス5巻に収録の「エアコンフォト」*7

写真がとんでいってから、のび太が遭うひどい目が悪化しいました(笑) 犬にかまれる→犬が迷いこんだスネ夫家のBBQで焼かれる→足の先だけこげるというオチは原作通りでした。

個人的には、わりとレアキャラだと思う骨川家の飼猫チルチルが登場したのがけっこう面白かったところ。チルチルといえばムクをにらみ合いだけで戦意喪失に追い込んだことで有名ですが、だとするとチルチルと互角に喧嘩したあの野良犬はけっこう強いのかも?

 

と、今年の更新はこんなところで締めくくらせていただきたいと思います。今年はブログをはじめて、滞りながらも更新を続けてきましたが、来年も引き続きこのブログと管理人こと私をよろしくお願いいたします。

では、みなさまよいお年を。

*1:ドラえもん (2005年のテレビアニメ) - Wikipedia の記述より

*2:前掲ウィキペディアの記述より

*3:ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) 

*4:ひみつ道具で金儲け系統の話では、一般的にはのび太ドラえもんの制止をふりきって金儲けに走り、しっぺ返しに遭う。

*5:原作は「テストにアンキパン」と思われる。収録は ドラえもん (2) (てんとう虫コミックス) 

*6:ドラえもん (32) (てんとう虫コミックス)

*7: ドラえもんプラス (5) (てんとう虫コミックス) 

続・「法学部はキツい」を検証してみた-2014年度の場合は?-

大学

以前、某大学某学部の単位取得率を計算しましたが、「追跡調査」ということで今年も調査してみました。以前の調査については、下の記事を参照。

iseyan93.hatenablog.com

 

調査の方法は前回と同じ。京都大学が公開している授業別の履修登録者数と単位取得者数から単純に割合を計算しています*1。なお、科目の分類は筆者が便宜的に行ったもので、京都大学の履修規定等とは異なりますので、ご注意ください。

 

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前回もふれた民法一部ですが、やはり取得率は6割くらい。どうやら大学・年度を超えて「そういうもの」という相場のようなものがあるようです。入学する層も学習内容も同じなのですから、当然と言えば当然?

 

ではまた。

『STAND BY ME ドラえもん』における「帰ってきたドラえもん」考ージャイアン、スネ夫、しずかちゃんはどう描かれたかー

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本稿は、『STAND BY ME ドラえもん』を、「帰ってきたドラえもん」を映像化した作品の一つとして、他の映像化と比較してみようというものです。

内容に関するかなりのネタバレがあるので、未見の方はご注意ください。

 

今日、8月30日、映画『STAND BY ME ドラえもん*1が地上波で初放送されました。この映画のクライマックスは「帰ってきたドラえもん」をモチーフになった展開で締めくくられています。「帰ってきたドラえもん」は98年の映画*2をテレビ放送で観て以来ずっと好きで、今年の春先に映画館で初めて『STAND BY ME』を観た時も、まさに涙腺崩壊状態でした。

ただ、その一方で、少し不安もありました。「この映画で、ジャイアンスネ夫はどうなってしまうのだろう」と。

その意味については追って語っていくとして、まず「帰ってきたドラえもん」について若干の解説を加えます。

 

1 前提:「帰ってきたドラえもん」とは

そもそも、「帰ってきたドラえもん」とはてんコミ6巻と7巻に掲載された二作品をその原作とします*3。原作では、前後編形式の二つのお話として描かれていますが、映像化されるにあたってはこの二つをまとめて「帰ってきたドラえもん」とすることが多く、まとめて「帰ってきたドラえもん」と呼んでいいでしょう。

この「帰ってきたドラえもん」は、私の知るかぎり、三度アニメ化されています。一度目は80年代のアニメ化、二度目は98年の映画、そして三度目がこの『STAND BY ME』です。基本的に三作とも原作をアニメ化しているのですが、98年の映画、そしてこの『STAND BY ME』は、その結末が微妙に異なっています。

そこが、ここで論じたい問題です。

 

2 問題の所在:不遇のジャイアンスネ夫、そしてしずか

この二つの映画で変わったのは、結末にジャイアンスネ夫・しずかが介在しているということです。

ここで確認しておきたいのが、原作「帰ってきたドラえもん」では、この三人はかなり不遇の扱いを受けているということです。ジャイアンスネ夫は、ドラえもんがいなくなった悲しさからなんとか立ち直ろうとしているのび太に、エイプリールフールと称して「ドラえもんが帰ってきた」と言う、完全な悪役。そして見落とされがちなことですが、しずかちゃんに至っては、ほとんど登場の機会さえ与えられません。ある意味、ジャイアンスネ夫以下の扱いともいえるでしょう。

つまり、原作ではジャイアンスネ夫は、かなり軽く扱われているということです。そこが、二作の映画ではいわば「ケア」されているのです。

 

3 二人の物語から五人の物語へ:ジャイアンスネ夫としずかちゃんの関与

98年の映画について考えてみましょう。

まず、この映画ではしずかちゃんがのび太を励ますというシーンが付け加えられます。詳しくは述べませんが、季節感のある演出と相まって、個人的にはけっこう好きなシーンです。

そしてジャイアンスネ夫。この二人は、のび太ドラえもんが再開した少し後に、しずかちゃんと一緒にのび太に謝りに来るというシーンがあります。つらそうな表情の三人の前にのび太ドラえもんを連れて現れ、ジャイアンが「心の友よ」と言ってドラえもんを抱きしめる。そこでジャイアンはお詫びの品にどら焼きを持っているのですが、ここでのび太ジャイアンに突き飛ばされて地面に散らばったどら焼きとの対比で、のび太ドラえもんに渡すはずだったどら焼きを、ドラえもんが頬張るシーンでこの映画は終わります。

 

まとめると、この映画は正面からしずかちゃんが物語に関わり、ジャイアンスネ夫も一緒に、いつもの5人でドラえもんとの再会を喜ぶという形で、物語を映像化していると言えます。

それは、まだアニメとしては2年目だった最初の映像化*4と、アニメとして20年近い積み重ねをし、映画の中で何度もの冒険を繰り返したうえでの映像化の違い、と言えるかもしれません。言い換えるならば、この5人の日常・冒険を描き続けたというその蓄積が、「帰ってきたドラえもん」をのび太ドラえもん「2人だけの物語」にすることを拒絶した、と解釈するのは考えすぎでしょうか。

 

4 再現の「物語」:『STAND BY ME』の解決

では、この「問題」を『STAND BY ME』はどう解決したのでしょうか。

 

大変残念なことに今日の放送ではエンディングがカットされていましたが、映画館で観た際のエンドロールでは

ジャイアンスネ夫、しずかちゃんの三人が「撮影終了おめでとう」と飛び込んでくる

・エンディングでNG集が流れる

という演出がなされていました。

つまり、この映画は「のび太たちが撮影した映画」であり、いわば全体が劇中劇。言い換えるならば、ジャイアンスネ夫のび太にウソをつくことも含め、この映画の存在それ自体がのび太たちいつもの5人の協力の成果、という形で締めくくられるのです。

 

この結末には、「作り物と言われているようでいや」という意見も見られます*5。ただ、私はこの結末にとても救われました。「結婚前夜」を映像化した中盤でクローズアップされていたしずかちゃんが放置されることもなく、またジャイアンスネ夫が悪役として処理されることもない。正面から物語を「変えた」98年の映画と違って、『STAND BY ME』はメタフィクショナルな形で「帰ってきたドラえもん」を「5人の物語」にしたと言えないでしょうか。

 

少し勝手な想像をふくらませるのなら、この5人は、原作の「帰ってきたドラえもん」か、あるいは98年の映画で描かれた「帰ってきたドラえもん」を経験しているのかもしれません。そして、「あの時はさびしかったよのび太くん」「悪かったな、のび太」と5人でワイワイ話し合いながら、ちょうど「宇宙大魔神」を撮影した時のように*6、この『STAND BY ME』を撮影したのではないでしょうか。

そして、のび太が「ドラえもんとの再会」という最高の想い出を演技で再現するのを見届けて、それを祝福するためにジャイアンスネ夫としずかちゃんが走りこんできた。そう、私はこの映画を観ました。

 

5 まとめ:『STAND BY ME』という再現

最初に書いた「不安」というのは、この映画でジャイアンスネ夫が悪役のままで、しずかちゃんが置いてけぼりのままで終わるのではないか、という不安でした。しかし、その不安は思わぬ形で、エンディングによって解決され、当時の自分は映画館でほっとしました。

この映画自体、辛いことも、おそらくは若干の気まずさも乗り越えた5人による再現でした。

 

さて、「再現」という視点から考えてみると、この『STAND BY ME』自体が、『ドラえもん』の名作短編を数多く「再現」し、そしてそのターゲットを「かつてドラえもんを観ていた人々」に設定することで、観客にかつてドラえもんを観て感じた思いを「再現」させるものだったと言える、ような気もします。

観客はドラえもんたちが自分たちの想い出を劇中劇で再現するのを追いかける中で、自分の感動を再現していた、というのがこの『STAND BY ME ドラえもん』という映画だったのかもしれません。

『ドラえもん 新・のび太の大魔境』の感想(ニ・完)

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 前回に続いて、『新・のび太の大魔境』の感想をアップしたいと思います。

 

(今回の記事は多分にネタバレをふくみます。昨年の映画とはいえ、気になる方もいらっしゃると思いますので、ご注意ください)

 

1 総評

2 原作の再構成

2.1 バウワンコ王国パートの掘り下げ

(ここまで前回の記事に掲載)

iseyan93.hatenablog.com

 

2.2 特に印象的だった点

ひたすら挙げればきりがありませんが、今作の原作からの変更点・より掘り下げられた点で、特に気になった点を3つ紹介したいと思います。

 

(1)ジャイアンがペコを一発殴る

原作、旧作以来、『大魔境』で最も盛り上がるシーンの一つ、空飛ぶ船の爆撃に燃え上がるジャングルの中、ジャイアンがペコを追い、おそらくは「どうして来たんだ」と言うペコと口論の末に、一緒に戦おうと二人とも納得し決意するシーン。

 

元は二人とも口論に疲れてしまい、どちらともなく納得する、という感じでしたが、ここで、ジャイアンがペコを殴り飛ばす、というシーンが追加されていました。

ここには、もともと好きなシーンでただでさえ感動しているのに「そう来たか!?」という感じ*1

 

しかも、このシーンはのび太たち(ジャイアンたち、と言うべきか)とペコとの別れのシーンにも活かされていました。

 

ここで指摘したいのは、ペコというキャラクターは、歴代映画ゲストキャラクターの中でも、のび太ジャイアンの二人とそれぞれに特別な友情を持った、やや特殊な例だ、ということ。ゲストキャラクターが特に誰かと強い友情を築く場合、大抵相手はのび太であり、そうでなくても一対一対応する場合が多いと思いますが*2、ペコの場合、のび太ジャイアン、二人それぞれと強い絆を持っているキャラであり、ある意味では描きにくいキャラと言えます。

 

そこで今作では、のび太との間には「捨て犬と思って拾った時にのび太があげるソーセージ」が、そしてジャイアンとはこの一発が友情の象徴として描かれ、そして別れのシーンでもジャイアンが自分の頬にげんこつをあててから、どこでもドアをくぐって去っていく、という結末に活かされていました。

 

(2)のび太、サベール隊長との戦いで、電光丸の電源が落ちる

原作では電光丸で競り勝ち、旧作では動き出した巨神像の歯車に足をとられたサベール隊長、今回は名刀電光丸の電源が切れてなお立ち向かってきたのび太と最後の一撃を交え、勝利を確信した瞬間に動き始めた巨神像の揺れに足を取られ、寸の所でのび太に敗北。

そして「見事だっ」とのび太を讃え、その場に倒れるという、原作『宇宙開拓史』のギラーミンとの決闘並に格好いい敵役に。

 

そして、ここまでのサベール隊長の描かれ方が、これまた徹底して格好いい。

元々ペコことクンタック王子は剣の名手であり、サベール隊長がそれを警戒するという展開はありましたが、今回ではペコが王国を逃げ出すシーンで最後に戦うのもサベール、ブルススの屋敷での戦いの後を見てクンタック王子が現れたと見極めるのもサベール、そして荷台に隠れていたドラえもんたちの存在に勘付き、ひみつ道具でごまかされるも、御者台に座っていたチッポに非礼を詫びて立ち去るなど、徹底して武人としての美学を貫くキャラとして、復活していました。

 

上で述べた(1)がジャイアンとペコの友情の描きなおしだとすれば、ペコはきっといい王子になれるよと前の日の夜にペコに言ったのび太がサベール隊長を食い止める*3のは、のび太がペコのために何かを成し遂げるシーン、と言えるでしょう。そこで、元々魅力的なキャラでありながら、あまり細かく描かれることがなく、たとえば『宇宙小戦争』のドラコルルに比べて印象の薄い敵役に終わっていたサベール隊長が、今作ではのび太が成長するための強敵として立ちはだかり、そしてのび太の成長を見届け、讃え、倒れていくキャラクターとして、まさに「リメイク」されていたように思います。

 

(3)活躍したチッポ

『大魔境』のゲストキャラといえば、ペコや敵の他にはブルススやスピアナ姫が思いつきますが、今作ではチッポにしっかりと活躍の機会が与えられていました。

 

ここでも、クライマックスで王国の国民を奮起させるという重要な役回りを果たすにあたって、サベール隊長の強敵っぷりが描かれたのと同様、チッポの過去がより深く掘り下げられていたこと、そしてのび太達がペコと戦うことを決意する一つのきっかけにもなっていたことは原作からの大きな変化と言えます。

 

(4)その他+小括

他にも、ペコとスピアナ姫の恋愛の描かれ方がお洒落に掘り下げられていたり、スピアナ姫がただ囚われているだけでなかったり、「十人の外国人の残りの五人」が現れるタイミングが旧作とは違って見ている側は「まだか!?」とハラハラしたりするのですが、きりがないので省略。

 

ただ、これらの点は、主に「原作で重要だったシーンに、新たな展開を取り込み盛り上げる」「原作ではあまり描かれなかった点をより掘り下げる」という方向に大別できるのだと思います。

前者では、元々展開を知っている者にとっては期待より上の感動やドキドキを(名刀電光丸が止まった時は「のび太どうするんだ!?」となりまして)、後者もまた、今までは活かされきっていなかったキャラや展開をより深く掘り下げ、盛り上がるシーンをより深みのあるものにしていたのではないでしょうか。

 

 

3 旧作とのリンク-音楽の使い方を中心に-

2で述べたのは主に「原作をどう映像化したか」ということでしたが、ここでは同じく漫画『のび太の大魔境』を映画化した82年の映画との関係について、少し考察してみたいと思います。

 

旧作とのつながりを最も感じたのは、やはりジャイアンがペコを追いかけるシーン。

旧作なら主題歌「だからみんなで」が流れるところで、今回も劇中歌「友達」が流れ、その間キャラクターの台詞はなく、スネ夫が追いついて6人揃ったところで台詞が戻ってくるという流れ。

知っていても感動してしまいました。むしろ知っているからこそ、「だからみんなで」が流れる旧作のシーンも思い出しながら感動していてような気もします。そこからの、先に述べた「ジャイアンが一発殴る」というので、期待に応え、そしていい意味で期待をうらぎるシーンでした。

 

さて、少し深読みをすると、その後、未来から来たのび太たち4人(元の5人+ペコを率いて巨神像に入っていったドラえもんを除く)が兵隊を迎え撃つシーンで、あえて「夢をかなえてドラえもん」がBGMに選択されていたのは、旧作ではここで「ぼくどらえもん」のアレンジが流れていたことを意識していた、のかもしれません。

 

 

4 いくつか気になった点

と、ここまで絶賛してきたので、最後にいくつか、「ここはこうでも良かったのでは」という点も指摘しておきます。

 

一番気になったのは、ペコが「勝負あったようですね」というのが早すぎないか、ということ。せっかく空飛ぶ船の大編隊の爆撃でジャングルが燃え上がるシーンのインパクトが強かったので、そこまでもう少しひっぱってほしかった気がしました。

色々と深く掘り下げたために時間の厳しさに苦しんだか? という印象を受けましたが、真相はどうなのでしょう。

 

あと、個人的に気に入らなかったのは、火を吐く車のデザインと動き方。空飛ぶ船はよかったと思うのですが、どうも「ついに古代兵器を復活させた」という無骨さ、ある意味では「なんとか復活させた」ものの余裕のなさ、みたいなものがないデザインだったと思います(そんな装飾する余裕あるの?っていう)。あと、動きも少し軽々しかったような気がしました。

 

あと、たぶん意見が分かれるだろうなーと思ったのが、巨神像の動き。自分としては「アリ」というくらいの印象でしたが、きらいな人はきらいそう。

 

 

5 まとめ

というわけで、以上二つの記事にわたって『新・大魔境』について感想と、若干の考察めいたことを書いてきました。

 

前にも述べたことですが、『恐竜2006』でみせた「30年前の名作漫画を、最新の技術と、リメイクゆえに可能な全面的再構成をもって、現代の劇場アニメーションに復活させる」ということを、さらにハイレベルで実践してくれた傑作でした。

 

来年は『日本誕生』の映画化が予告されていますが、『日本誕生』が今度はどうよみがえるのかが楽しみです。

*1:一緒に観ていた人も、同じ感想を持っていた人が多かったよう。

*2:『海底鬼岩城』のバギーちゃんとしずかが代表例。他、『宇宙開拓史』のチャーミーとドラえもん、など。

*3:元々は一人だけ疲れて追いつかれたわけですが、今作ではより「追撃者をくい止める」という要素が強かったような印象を受けた。