4月10日ドラえもん感想

先日のドラえもんは「春だ!映画だ!3時間アニメ祭り 第2弾」ということで、クレヨンしんちゃんとあわせて3時間のスペシャルでした*1。ただ、全編を通してキャラクターの作画がいつもと違う?ような気がしました。

ちゃんとスタッフを確認したわけではないのですが、なんだかいつもと違ったような…… ともかく、その辺りは作画ファンの方にお任せして、いつも通り各ストーリーの感想を。

 

「あいあいパラソル」

のび太ひみつ道具でしずかちゃんを落とそうとする話の代表例でした。たいていは裏目に出てしずかちゃんが遠ざかるか、道具がもとではちゃめちゃになるわけですが、このお話は後者の例。

タケコプターでドラえもんが空からパラソルをかぶせようとしたりと、オチはそのままながらも全体的にドタバタ劇が盛り上がっていて、楽しい話でした。

先生の「武ちゃん!」、予想外の迫真の演技が見どころだった、かも?

 

「タイムマシンで犯人を」

こちらはタイムパラドックスものの名作。タイムパラドックスを回避する決定論、みたいな話をコメディにつめこんだ傑作でした。

原作との違いを強いて挙げるなら、ジャイアンが関わってきたこと? あとは、しずかちゃんの証言をスネ夫が図解したりと、ミステリとしての風味が効いていた気がします。ちなみに、昨日いっしょに遊んでいた学校の友人曰く、手塚治虫の『火の鳥 異形編』が構造としては同じような話らしいのですが*2タイムパラドックスというネタを10分ほどのギャグアニメに仕上げてしまうあたり、ドラえもんの真骨頂のような話だな、と思います*3

 

「ムシャクシャタイマー」

まず、のび太屈指の邪悪な名言「じゃあ、君をこわしても?」をしっかり映像化してくれたことに脱帽です笑 以前「ネズミとばくだん」の時は「ちきゅうはかい爆弾」がNGだったようなのですが、うーん、どういう基準なのでしょう……

あとは、しずかちゃん、謎の連鎖で町を破壊していましたが、どういう仕組みだったのか。いっそのこと、ジュドでも持ちだしてボタン1つでビルを煙にしても*4よかったとおもうのですが。

 

全体的に、名コメディ作品がテンポよくアニメ化されていて、メインはクレヨンしんちゃんだったのでしょうが、ドラえもんファンにも楽しい前半1時間でした。

 

ではまた。

 

ドラえもんのび太の宇宙英雄記-スペースヒーローズーの感想その2(制作背景に関する"憶測")

序.制作背景の憶測

先日『宇宙英雄記』についての感想をアップしました。その際は主に「一度実際に映画館で観てみた感想」を記したのですが、今回は少し視点を引いて、なぜ『宇宙英雄記』はこのような映画になったのか、について考えてみたいと思います。

「考えて」とはいうものの、プロフェッショナル達による映画制作の意図は、もちろん1人のファンによって推し量られるものではないでしょう。というわけで、今回のタイトルは「憶測」と副題をつけさせていただきました。

 

1.『宇宙英雄記』は評価されたか

わけあって公開初日には足を運べなかった『宇宙英雄記』ですが、公開*1から早3週間が経ちました。そろそろ、評価も出揃いつつある頃かと思います。

映画.comによれば、現時点で評価は3.1/5.0でした*2。他の映画ドラえもんとくらべても遜色のない評価で、映画館で観た時は「正直物足りない」と思っていたため、「思ったより高い」と感じました。つまり、現時点で『宇宙英雄記』は、一定の評価を獲得しているということになりそうです。

 

2『宇宙英雄記』の特徴は?

ただ、結果的評価は別にして、前回も述べた通り『宇宙英雄記』は、これまでの映画ドラえもんにはなかった特徴を感じました。その特徴は、端的に言えば、

・作り込みが映画らしくない=普段のアニメに近い

・ストーリーが単純

という二点。この二点は何を意味するのか。意見の分かれるところでしょうが、ここから、少し「憶測」をしたいと思います。

この二つの帰結は、それぞれ「低予算化」と「子ども向け路線」という目的の下に生じ、そして互いに連関したのではないでしょうか。低予算化するために普段のアニメ程度の作りにする、子ども向けのために話を単純化する、その単純な話なら普段の作りでも描ける、という風に。

ここで「子ども向け」という言葉には捕捉がいるでしょう。そもそも『ドラえもん』は子どものためにこそ描かれた作品だからです。ここで言っているのは、簡単に言えば「従来以上の子ども向け」ということ。今までの映画ドラえもんが小学生を狙っていたとするならば、そのターゲットをより下に、幼稚園~小学校低学年が中心になるまで下方修正したという感じです。

 

3.『STAND BY ME』との分業?

では、この「低予算化」と「子ども向け」が真実だったと仮定します*3。この路線は何を目的とするのでしょうか。

ここで考えられるのが、昨年公開された『STAND BY ME ドラえもん』との分業という可能性です。

『STAND BY ME』は『ぼく桃太郎のなんなのさ』以来の、1年の間に2作目として公開されたドラえもん映画であり、興行的に大成功したとはいえ、その制作が『宇宙英雄記』の制作にとって経済的圧迫となっていた可能性が考えられます*4。そこで、「低予算化」が要請されたのではないでしょうか。

一方、『STAND BY ME』は今までドラえもんを観ていなかった(観なくなっていた)年齢層に大きく支持を得る結果となりました。「結婚」「人生」というテーマや、映画の原作となったストーリーの選択、懐かしい風景の再現という演出からも、この「一度ドラえもんを卒業した大人からの支持を得る」という結果は、当然制作段階から意図されていたものと考えられます。すると、その『STAND BE ME』から半年ほどで公開されることとなる『宇宙英雄記』にはそれとは違う役割、つまり「まだドラえもんを観ていない子どもを取り込む」ことが期待された可能性があります。

こうして、「低予算」で「子どもを取り込む」という『宇宙英雄記』の路線が決定された、のかもしれません*5

 

終.『宇宙英雄記』をどう見るか。また、『日本誕生』に何を期待するか

と、ここまでファンなりに憶測を(あるいは邪推を)したうえで、もう一度『宇宙英雄記』について個人的異見を。

正直に言って物足りなかった、というのは確かです。映画ドラえもん、そして原作の大長編ドラえもんは、子ども向けでありながら、何歳になって読み返し観返しても楽しめる魅力がありました。それは何も藤子先生が直接手がけた作品だけでなく、『南海大冒険』以降の映画についても、一定程度当てはまることだったと思います。また、特に声優交代後の映画は、映像面でも普段のアニメにはない迫力をみせてくれていました。そういった映画の魅力がなかったのは、率直に言って残念でした*6

とはいえ、これも前回書いたように、周りで小学校に上がろうかというくらいの歳の子どもたちが楽しそうに映画を観ていたのは、ファンとしては嬉しいものがありました。

 

映画鑑賞後、一緒に観に行った友人と「周囲がドラえもんを卒業するくらいの年齢になった時、どうドラえもんと向き合ったか」という話になりました。1人孤独に楽しむか、好きな人を集めて同好会を作るか、隠すか、それともやめてしまうか。やはり、根本的に子ども向けである『ドラえもん』には、いわば「卒業する年齢」がつきまといます。

その「卒業した人たち」を呼び戻してくれる『STAND BY ME』は自分たちのようなファンにとっては嬉しい作品でしたし、卒業してもなお楽しめる今までの映画も、我々は楽しんできました。

とはいえ、それも全ては、「ドラえもんを好きになる」という瞬間があってこそのことであり、そうやって「ドラえもんのファンになる」子どもたちを増やせる映画だったとすれば、やっぱり『宇宙英雄記』はいい映画だったのかもしれません。

 

そして来年の『日本誕生』には、そうしてやって来た新たなファンと、従来のファン、そして戻ってきたファンたちを全て楽しませる、王道を行くようなリメイクを期待したいと思います。

 

少し感想を書くつもりが思いがけず「大長編」になってしまいました。今日はこのへんで。

*1:3月7日公開。

*2:3月30日午後6時10分閲覧。http://eiga.com/movie/80660/review/

*3:仮定だらけの論ですが、そこが「憶測」たる所以なので勘弁してください。

*4:もっとも、STAND BY MEは3年かけて制作されており、なぜ宇宙英雄記「だけ」に影響したのか説明できないという問題はある。

*5:本来なら具体的引用をすべきではあるが、一般論としてもレビューサイトを見ると「普段のアニメ」「子ども向け」という評価が、高評価にも低評価にも見られた。

*6:もちろん、短編は歳を取ったら楽しめない、ということではない。むしろ今になって読み返してみて、短編の魅力を再発見することも多い。

3月20日ドラえもん感想

今日は睡眠を挟む前にドラえもんの感想の更新ができました。一応、春休み期間中なのですが、すっかりドラえもんは録画して見るのが習慣になってしまいました。

できれば金曜の夜は夕飯を食べながらドラえもんを見る、というような生活がしたいですね。

 

「横取りジャイアンをこらしめよう」

同名の原作のアニメ化でした*1

さて、このお話の見どころは、なんといってもあの名言「お前のものは俺のもの、俺のものも俺のもの…… な!」の映像化でしょう。

個人的にはもう少し「友達だろ!仲間だろ!!」にアクセントをおいて「……な!」の手前に溜めがほしかったかな、という印象でした。「お前のものは~」の一節はジャイアニズムの文字通り代名詞となっていますが、その直前の溜めがあってこそ効く台詞だと思うので、少し残念でした。

あと、このお話といえばスネ夫のび太が協力関係に入るという比較的めずらしいタイプのお話といえそうですが*2ジャイアンの前でゲームで遊ぼうと提案された時、そして取り上げられる瞬間のスネ夫のオーバーリアクションが光っていました。前回のオチしかり、未来小切手しかり、最近のスネ夫のリアクションは光っている気がします。

 

「あちこちひっこそう」

こちらも同名の原作のアニメ化でした*3

こちらは、のび太のママのリアクションが光っていました。原作では朦朧としている感じの「ああ神様、わたしはどこにいるんでしょう……」が、のび太が泣くのと同じようなテンションになっていました。現在のアニメ版のび太ママは雰囲気が若いので、こっちの方が似合っている気がします。

それにしても、引越しセットは、ドラえもんを一度卒業するくらいの年齢を越してしばらくたってから、その魅力が分かるひみつ道具ですね笑 個人的には高層マンション化エレベーターも使ってみたい道具候補ですが、こういうときに「こんなこといいな」の内容が大人びているというか老化しているな、と感じてしまいます。

 

では今日はこのへんで。

 

ドラえもんのび太の宇宙英雄記-スペースヒーローズーの感想

一昨日、映画『ドラえもんのび太のスペースヒーローズ』を観てきました。今日はその感想を。

 

まず劇場の雰囲気ですが、封切り後間もない春休み中の土曜日ということもあり、小学校低学年くらいの子どもを連れた親子連れで賑わっていました。中には子ども会なのか、団体の姿も。自分と15歳ほど歳の違う子どもたちが、自分たちの好きなアニメを愛してくれているというのは嬉しいものでした。

もちろん、それだけ我々20代の学生四人組は終始浮いていましたが。

 

内容について。

自分の中であまり整理がついているわけではないのですが、一緒に観に行った友人と意見が一致したポイントを中心に、いくつか内容に対する感想を述べたいと思います。

①「映画ドラえもん」らしくない

『スペースヒーローズ』は紛れもなく「ドラえもんの映画」です。しかし、「映画ドラえもん」らしくない、という印象が残りました。

声優の交代以降、同じ『ドラえもん』のアニメ作品でも、毎週放送されるアニメと劇場版映画とは、ある程度作風の違うアニメ作品として作られてきました*1。言い換えれば、劇場版には「ひと目観ただけで分かる映画らしさ」がある、というのが一緒に観に行った友人を含めて共通意見でした。

が、今回の映画にはそれが(あまり)ない。言い換えれば、普段のアニメの作風で、映画をつくった、という感想を覚えました。そして、これは一緒に映画に行った四人に共通する感想だったようです。

 

②盛り上がりに欠ける

上の①よりも、さらに価値判断を含んだ感想になります。率直に言って「やや盛り上がりに欠ける」という印象が残りました。

ヒーローものにあこがれてヒーローを演じているうちに、無自覚に「ほんもの」に巻き込まれてしまうという展開はよかったと思います。そして、後にスネ夫が言った通り「自分たちは本当のヒーローじゃない」と葛藤する、という展開もよかったと思います。

ただ、葛藤するタイミングが、正直あまり盛り上がらないタイミングでした。最初に「ほんもの」と気づいた時はあっさり勝ててしまい、その後のピンチも今までのあらゆる映画のなかでも、指折りのあっさりさで切り抜けてしまう。その後で思い出したように「無理だよ」と言っても、あまり説得力というか迫力はありません。映画でスネ夫が「無理だ」と水を差すのは一つの見せ場だと思うので、これはかなり残念でした。

すると、スネ夫の「無理だ」を乗り越えて立ち向かうシーンもあまり盛り上がらない、という負の連鎖が起きます。のび太が「なんとなく倒してしまう」という展開もあいまって、ポックル星を危機から救うクライマックスも正直いまひとつ盛り上がりに欠ける終わり方でした。

 

たとえばの話ですが、初めの戦いをかなり厳しい辛勝にするか、途中のピンチを前にもってきて、スネ夫が「もう帰ろうよ」と言った段階で一度アロンがのび太たちに失望あるいは申し訳ないと思い、一人で戦おうとしてもよかったと思います。そこで、ペコを追いかけるジャイアンのようにのび太が助けに行こうと言い、アロンのピンチにのび太たちが駆けつける。そこで、「ぼくらはヒーローごっこをしていただけだ。でも、アロンという友達のために、今度こそヒーローになるんだ」と立ち向かい、もう一度、今度こそはヒーローになってみせると「銀河防衛隊!」と見得を切る、なんて展開もありえたと思います。

 

本当にとりとめのない感想になってしまいました(自分でもここまでまとまらないとは思っていなかった)。ともかく、映画を観た直後に浮かんだ感想となると、このくらい、というより主に②となります。

なぜ今年の映画がこういった形になったのか、ファンとしてはいろいろと想像を巡らせたくなることもあったのですが、そちらもまた機会があればまとめてみたいと思います。

 

 

*1:たとえば、『のび太の恐竜2006』では、のび太の部屋やキャラクターのデザインが別に用意された。

3月13日ドラえもん感想

先週の『大魔境』についてはいつか改めて感想をアップするとして、ひとまず今日のドラえもんの感想を。

 

のび太ダンボール宇宙ステーション」

面白かったですね。個人的には、とても好きなタイプのお話でした。子どもの頃の自分だったら寝るまでテンション上がりっぱなしだったと思います。

まず、工作やごっこ遊びの延長で本物をつくってしまう、というモチーフがいい。とっさに思いついたのがほんものクレヨン*1くらいでしたが、たしか他にも箱やなんかでつくった手作りおもちゃが本物になる系のお話はあった気がします。

そして、もう一つ、宇宙というモチーフが良かった。それも単にファンタジックな空間としてではなく、SF的な空間として活かされたのが面白かったです。最初にのび太が「なぜ宇宙ステーションは地球に落ちないの?」と言うのにドラえもんが応え、それが結果的には衛星軌道に乗れていないジャイアンスネ夫の宇宙ステーションのピンチにつながる伏線になっている、というのが熱い展開でした。

個人的にはドラえもんはSFだと思っているので、のび太のごっこ遊びから宇宙へ、そして宇宙についての解説がさり気なく入り*2、そしてその解説が活きる形で、ジャイアンスネ夫の危機を救う、という展開には燃えました(笑) 適宜、2つのステーションがどういう起動を回っているのか解説が入るのも面白かったですね。

そしてそのピンチを切り抜ける手段自体は、炭酸ソーダをロケットにしてジャイアンスネ夫を助けに行く、という身近なギミックなのも、ドラえもんらしくて印象的でした。

そして最後。のび太たちがジャイアンスネ夫を助け出し、2つの手作り宇宙ステーションが起動を外れ燃え尽きてき、流れ星になるのを地上から見上げるというクライマックスも、SF的でもあり日常的でもあり、まさに「少し・不思議」で美しい絵でした。

 

今回のストーリー、おそらく特定の原作は存在しないのだと思いますが、アニメオリジナルならではの魅力あふれる一話という印象を覚えました。たとえば、かつて大山版で何度か再放送された「動物パワーでサバイバル」なんかはアニメの30分枠ならではの、原作の短編でも大長編でもありえない魅力にあふれた冒険譚だと思います*3

今回のようなアニメオリジナル展開が受付ないという人も多いですし、自分も冒頭ののび太ダンボールで宇宙船ごっこをしているという展開はやや唐突、その後のドラえもんとの物理に関するやりとりも相まって「こののび太は何歳なんだ?」という違和感を覚えてしまいましたが*4、それは対象年齢をしぼれないアニメでは仕方ない部分もあるのでしょう。むしろ、こういったアニメオリジナル展開をどんどん出していってほしいな、と思った一話でした。

 

妙に熱弁をふるってしまいました。とりあえず、今日は布団に入って録画した「ダンボール宇宙ステーション」幸せな夜を過ごしながら眠りたいと思うので、今日はこのへんで。

では、また。

*1:ドラえもんカラー作品集 第5巻(初期作品編) (てんとう虫コミックススペシャル)収録

*2:場所は宇宙ではなく海底ですが、『海底鬼岩城』では観光ガイドという形でドラえもんによる海の構造についての解説が入り、海洋SFとしての雰囲気を盛り上げています。が、今回は盛り上げるだけでなくオチにつながっているので、かなり上手い展開だと思いました。

*3:ただ、明確には思いだせないのですが、「動物パワーでサバイバル」には、てんコミ未収録作品に原作があったような気もします。ただ、それでも雰囲気はだいぶと違っていたはずです。

*4:学年別学習雑誌に掲載されていた原作なんかだと、『小学1年生』に掲載された話ののび太と『小学4年生』ののび太では、掲載誌の名前通り見た目も振る舞いも違っています。

青春18きっぷで東京に行った話

6日の金曜日に東京の大学との合同ゼミがあり、場所が向こうの大学で東京に行かなければならなかったのですが、ゼミ仲間の誘いで前から興味のあった「青春18切符での東京行き」を試してきました。今日はその感想を。

 

1.時間と費用

・10時に近畿某駅初、9時頃東京着。

・所要時間推定10時間(途中浜松駅で昼食をとった)。

・費用は2500円(18切符代折半)*1

と、このような形でした。新幹線なら約3時間で1万2千円ほどですから、その差は+7時間で-9千円。たまに聞かれる「18切符旅行は時給1300円」そのままの結果でした。

 

2.魅力その一:途中下車

一日なら乗り放題なので、途中下車が可能です。18切符を有人改札の駅員さんに見せて出て、また有人改札から入ればOKです。

今回の東京行きでは浜松駅で浜松餃子の店に入って、むしろ蕎麦風味のつけ麺を堪能してきました。その他、乗り換え待ちついでに買い物をしたり、少し町並みを見たりできるのも魅力の一つと言えるでしょう*2

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 中華料理店から見た浜松駅前の風景。円形に見えるのはバスロータリー。真ん中は地下街の入り口で、吹き抜けの下には噴水がある。

 

3.魅力そのニ:各地の表情を感じられる

まず、新幹線ほど早くないので、景色を見る余裕があります。しかも、通勤通学に使われている路線を通るので、山奥やトンネルを走り抜けるのではなく、各地域の雰囲気、農村の清々とした静けさや、住宅街のあたたかみ、年季の入った港町の重厚感というようなものを感じることができます。途中、何度か新幹線と並走する場所がありましたが、「いつものぞみで通過している駅の外にはこんな町並みが広がっていたのか」と、新しい世界が開けたような気がしました。

そして、通勤通学路線を使うということは、その地域の生活にほんの少し触れるということでもありました。静岡駅を出てしばらく行った、一両編成のローカル線のが走っているような場所でまだ列車が混んでいて、時計を見ると静岡から30分ほどしか経っておらず「ここは静岡の通勤通学圏なのか」と思い、一方では「政令指定都市から30分でこれだけ田舎になるのか」とおどろいたりもしました。逆に、自分たちの住む近畿という場所を振り返る機会になったかもしれません*3

 

 

4.意外とローカルだった東海道本線

関西から東京に行くわけですから、東海道本線を走ることになります。新幹線開通以前は日本の鉄道交通の中心だったはずのその路線は、意外なほどにローカル線でした。

 

5.どのくらい疲れるか

「非常識なほど疲れる」ということはありません。が、「常識的な範囲内でけっこう疲れる」こともまた事実です。

自分の場合は、出発後4時間弱の浜松で降りた時、若干腰が痛かったのを覚えています。あと、静岡くらいでやや車酔いのような感覚を覚えましたが、これは熱海あたりから時刻も遅くなり涼しくなると解消されました。

むしろずっと座りっぱなし、立ちっぱなしゆえの肩こりの方がきつく、新宿に到着した時点で、けっこう溜まっていたように思います。

 

6.まとめ

友達と一緒だったこともあり、かなりの疲れがたまりながらも、楽しい10時間でした。決して「長い」とは感じない道中でしたし、見たことのない世界を垣間見れたのもいい経験だったと思います。

仮に一人だったとしても、それはそれで車窓を眺めたり、本でも持っておけばそんなに退屈ではないと思います*4

 

7.最後に:退路は残しておけ

それでも、かなり疲れます。むしろ、旅を終えたところで心が折れるというか、緊張がもたなくなることもしばしば。というわけで、ちゃんと退路は残しておくことをおすすめします。私は、念のためにと学割証を持っていった過去の自分の慧眼に感謝しつつ、新幹線で「この向こう側にあの風景が広がっているのか」と不思議な思いに浸りながら、新幹線で帰路につきました。

 

ではまた。

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*1:4回分使い売却する予定だったので、売却価格を考慮し、5分の1より少し多めに支払った。

*2:なお、ベルトをし忘れていたため、最初に乗り換えた駅近くのショッピングセンターでベルトを購入。500円。

*3:私鉄中心の近畿で大阪難波駅から近鉄で30分走っても、もう少し開けた風景が広がっている。

*4:友達が2人とも寝ている間は本を読んでいたが、いい読書時間になった。

宮部みゆき『火車』を読んだ

 親と少し遠出した際に、百貨店の駐車場代を浮かせるために立ち寄った本屋で、中学生の頃に読んで面白かった記憶のあったこの本を購入。

火車 (新潮文庫)

火車 (新潮文庫)

 

 いやー、とても良かったです。買った翌日から読み始めたのですが、一日かけて一気に読み進めてしまいました。その結果、大統領顧問団が大幅に遅れてしまっています(汗)。

そもそも読んだのが中学生の頃、しかも中身は分量もヘビーな社会派ミステリということもあって詳しい内容は覚えていなかったのですが、記憶以上の感動がありました。

ミステリなので内容についてここに書くのは控えておきたいと思いますが、学生である時期を終えて働くことを意識しはじめる年齢以上の人なら、なにか心に残るものがある小説だと思います。

たぶん、中学生の頃に読んで、ミステリとしての謎解きの面白さにも関わらず(ミステリとしての謎解きも、社会派ミステリがいける人なら楽しめると思います)詳しい内容を覚えていなかったのもその辺りに理由があって、その真相が当時の自分にはまだ早かったのでしょう。「十代で読んでおきたい小説」といった言い方をしますが、この本は十代後半から二十代前半、この小説で描かれるキーパーソンたちの年齢(というより社会的立場?)に立ってみてはじめて、楽しめるのかもしれません。

また、主人公くらいの、家族をもって子どもができるくらいの年齢になった時に読み返したいと思います。