12月31日ドラえもん感想

今日は大晦日ドラえもんスペシャルでした。

 

大晦日ドラえもんスペシャルというと、私が小学生の頃(声優交代前5年くらい?)は12月31日の18時から21時の3時間にわたるスペシャルが放映されるのが常で、再放送するためのストーリーのストックが多かったとはいえ、今思えば豪華な-やや異常なまでに豪華な-構成だったなと思います。

その後、声優陣が交代した2005年に、それまでと同様の3時間スペシャ*1を放映したものの、その時は再放送するストックが1年分にも満たなかったこともあり、「再放送ばっかり」という不満の声を聞いたのを覚えています。その後は大晦日に放送すること自体が少なくなり、一方では映画の地上波公開を大晦日に行ったりと変遷を繰り返しているようでした*2

個人的には再放送と、30分枠、そして各ストーリーの間にドラえもんが一年を振り返ったり、キャラクター達が忘年会を楽しんでいるミニアニメが流れる昔の構成が懐かしいのですが、やっぱり「大晦日にドラえもんを観る」ということ自体、楽しいことだなと思った1時間でした。

 

以下、各ストーリーの感想を。

 

「初売りドライ・ライト」

原作は33巻収録の「地底のドライ・ライト」*3。「初売り」というタイトルは大晦日特番を意識したものだと思いますが、特に正月を意識した演出が凝ってるという感じではなく、直球のアニメ化でした。

この話の魅力といえば、なんといっても、社長就任→どら焼き食べ放題というのび太のプレゼンにそそのかされ、金儲けの鬼と化すドラえもん守銭奴ぶりです(笑*4 今度のアニメ化では、徐々に価格を吊り上げるドラえもん、しずかちゃんにさえ妥協しない商売気、それに引き気味ののび太が映像化されていて、楽しい回でした。

 

百人一首にアンキパン」

 

こちらは打って変わって、正月というモチーフを全面に押し出したアニメオリジナル*5

しずかちゃんと出木杉という知性最強の2人を味方につけたジャイアンvsのび太ドラえもんスネ夫という珍しい対決でした。オチは「テストにアンキパン」と同じかな、と思いきや、ここで「ジャイアンの母ちゃんが豪華賞品と押していた」という伏線を回収するオチが用意されてたのが、原作を知っている者としては嬉しいところ。

「みんなで百人一首対決」というストーリーや、ドラえもん百人一首の説明をする、話の大半は大会会場を舞台に進むという構成も含め、上で述べた各ストーリーの間に挿入されるショートアニメと同じ様な役割を担うお話だったのかもしれません。

 

「オンボロ旅館をたて直せ」

原作は34巻収録の同名の作品*6

個人的には最後でちゃんと「じゅうきゅうえもん……」と言ってくれただけでも映像化としては満足ですが、ちょっと原作よりも感動系より、しんみりとアニメ化されていた印象。空っぽのコップを傾けるお客さんたちの姿は、ほんのりするべき場面なのですが、若干不気味だったような気も……

 

「雪でもポカポカ! エアコンフォト」

原作はプラス5巻に収録の「エアコンフォト」*7

写真がとんでいってから、のび太が遭うひどい目が悪化しいました(笑) 犬にかまれる→犬が迷いこんだスネ夫家のBBQで焼かれる→足の先だけこげるというオチは原作通りでした。

個人的には、わりとレアキャラだと思う骨川家の飼猫チルチルが登場したのがけっこう面白かったところ。チルチルといえばムクをにらみ合いだけで戦意喪失に追い込んだことで有名ですが、だとするとチルチルと互角に喧嘩したあの野良犬はけっこう強いのかも?

 

と、今年の更新はこんなところで締めくくらせていただきたいと思います。今年はブログをはじめて、滞りながらも更新を続けてきましたが、来年も引き続きこのブログと管理人こと私をよろしくお願いいたします。

では、みなさまよいお年を。

*1:ドラえもん (2005年のテレビアニメ) - Wikipedia の記述より

*2:前掲ウィキペディアの記述より

*3:ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) 

*4:ひみつ道具で金儲け系統の話では、一般的にはのび太ドラえもんの制止をふりきって金儲けに走り、しっぺ返しに遭う。

*5:原作は「テストにアンキパン」と思われる。収録は ドラえもん (2) (てんとう虫コミックス) 

*6:ドラえもん (32) (てんとう虫コミックス)

*7: ドラえもんプラス (5) (てんとう虫コミックス) 

続・「法学部はキツい」を検証してみた-2014年度の場合は?-

以前、某大学某学部の単位取得率を計算しましたが、「追跡調査」ということで今年も調査してみました。以前の調査については、下の記事を参照。

iseyan93.hatenablog.com

 

調査の方法は前回と同じ。京都大学が公開している授業別の履修登録者数と単位取得者数から単純に割合を計算しています*1。なお、科目の分類は筆者が便宜的に行ったもので、京都大学の履修規定等とは異なりますので、ご注意ください。

 

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前回もふれた民法一部ですが、やはり取得率は6割くらい。どうやら大学・年度を超えて「そういうもの」という相場のようなものがあるようです。入学する層も学習内容も同じなのですから、当然と言えば当然?

 

ではまた。

『STAND BY ME ドラえもん』における「帰ってきたドラえもん」考ージャイアン、スネ夫、しずかちゃんはどう描かれたかー

本稿は、『STAND BY ME ドラえもん』を、「帰ってきたドラえもん」を映像化した作品の一つとして、他の映像化と比較してみようというものです。

内容に関するかなりのネタバレがあるので、未見の方はご注意ください。

 

今日、8月30日、映画『STAND BY ME ドラえもん*1が地上波で初放送されました。この映画のクライマックスは「帰ってきたドラえもん」をモチーフになった展開で締めくくられています。「帰ってきたドラえもん」は98年の映画*2をテレビ放送で観て以来ずっと好きで、今年の春先に映画館で初めて『STAND BY ME』を観た時も、まさに涙腺崩壊状態でした。

ただ、その一方で、少し不安もありました。「この映画で、ジャイアンスネ夫はどうなってしまうのだろう」と。

その意味については追って語っていくとして、まず「帰ってきたドラえもん」について若干の解説を加えます。

 

1 前提:「帰ってきたドラえもん」とは

そもそも、「帰ってきたドラえもん」とはてんコミ6巻と7巻に掲載された二作品をその原作とします*3。原作では、前後編形式の二つのお話として描かれていますが、映像化されるにあたってはこの二つをまとめて「帰ってきたドラえもん」とすることが多く、まとめて「帰ってきたドラえもん」と呼んでいいでしょう。

この「帰ってきたドラえもん」は、私の知るかぎり、三度アニメ化されています。一度目は80年代のアニメ化、二度目は98年の映画、そして三度目がこの『STAND BY ME』です。基本的に三作とも原作をアニメ化しているのですが、98年の映画、そしてこの『STAND BY ME』は、その結末が微妙に異なっています。

そこが、ここで論じたい問題です。

 

2 問題の所在:不遇のジャイアンスネ夫、そしてしずか

この二つの映画で変わったのは、結末にジャイアンスネ夫・しずかが介在しているということです。

ここで確認しておきたいのが、原作「帰ってきたドラえもん」では、この三人はかなり不遇の扱いを受けているということです。ジャイアンスネ夫は、ドラえもんがいなくなった悲しさからなんとか立ち直ろうとしているのび太に、エイプリールフールと称して「ドラえもんが帰ってきた」と言う、完全な悪役。そして見落とされがちなことですが、しずかちゃんに至っては、ほとんど登場の機会さえ与えられません。ある意味、ジャイアンスネ夫以下の扱いともいえるでしょう。

つまり、原作ではジャイアンスネ夫は、かなり軽く扱われているということです。そこが、二作の映画ではいわば「ケア」されているのです。

 

3 二人の物語から五人の物語へ:ジャイアンスネ夫としずかちゃんの関与

98年の映画について考えてみましょう。

まず、この映画ではしずかちゃんがのび太を励ますというシーンが付け加えられます。詳しくは述べませんが、季節感のある演出と相まって、個人的にはけっこう好きなシーンです。

そしてジャイアンスネ夫。この二人は、のび太ドラえもんが再開した少し後に、しずかちゃんと一緒にのび太に謝りに来るというシーンがあります。つらそうな表情の三人の前にのび太ドラえもんを連れて現れ、ジャイアンが「心の友よ」と言ってドラえもんを抱きしめる。そこでジャイアンはお詫びの品にどら焼きを持っているのですが、ここでのび太ジャイアンに突き飛ばされて地面に散らばったどら焼きとの対比で、のび太ドラえもんに渡すはずだったどら焼きを、ドラえもんが頬張るシーンでこの映画は終わります。

 

まとめると、この映画は正面からしずかちゃんが物語に関わり、ジャイアンスネ夫も一緒に、いつもの5人でドラえもんとの再会を喜ぶという形で、物語を映像化していると言えます。

それは、まだアニメとしては2年目だった最初の映像化*4と、アニメとして20年近い積み重ねをし、映画の中で何度もの冒険を繰り返したうえでの映像化の違い、と言えるかもしれません。言い換えるならば、この5人の日常・冒険を描き続けたというその蓄積が、「帰ってきたドラえもん」をのび太ドラえもん「2人だけの物語」にすることを拒絶した、と解釈するのは考えすぎでしょうか。

 

4 再現の「物語」:『STAND BY ME』の解決

では、この「問題」を『STAND BY ME』はどう解決したのでしょうか。

 

大変残念なことに今日の放送ではエンディングがカットされていましたが、映画館で観た際のエンドロールでは

ジャイアンスネ夫、しずかちゃんの三人が「撮影終了おめでとう」と飛び込んでくる

・エンディングでNG集が流れる

という演出がなされていました。

つまり、この映画は「のび太たちが撮影した映画」であり、いわば全体が劇中劇。言い換えるならば、ジャイアンスネ夫のび太にウソをつくことも含め、この映画の存在それ自体がのび太たちいつもの5人の協力の成果、という形で締めくくられるのです。

 

この結末には、「作り物と言われているようでいや」という意見も見られます*5。ただ、私はこの結末にとても救われました。「結婚前夜」を映像化した中盤でクローズアップされていたしずかちゃんが放置されることもなく、またジャイアンスネ夫が悪役として処理されることもない。正面から物語を「変えた」98年の映画と違って、『STAND BY ME』はメタフィクショナルな形で「帰ってきたドラえもん」を「5人の物語」にしたと言えないでしょうか。

 

少し勝手な想像をふくらませるのなら、この5人は、原作の「帰ってきたドラえもん」か、あるいは98年の映画で描かれた「帰ってきたドラえもん」を経験しているのかもしれません。そして、「あの時はさびしかったよのび太くん」「悪かったな、のび太」と5人でワイワイ話し合いながら、ちょうど「宇宙大魔神」を撮影した時のように*6、この『STAND BY ME』を撮影したのではないでしょうか。

そして、のび太が「ドラえもんとの再会」という最高の想い出を演技で再現するのを見届けて、それを祝福するためにジャイアンスネ夫としずかちゃんが走りこんできた。そう、私はこの映画を観ました。

 

5 まとめ:『STAND BY ME』という再現

最初に書いた「不安」というのは、この映画でジャイアンスネ夫が悪役のままで、しずかちゃんが置いてけぼりのままで終わるのではないか、という不安でした。しかし、その不安は思わぬ形で、エンディングによって解決され、当時の自分は映画館でほっとしました。

この映画自体、辛いことも、おそらくは若干の気まずさも乗り越えた5人による再現でした。

 

さて、「再現」という視点から考えてみると、この『STAND BY ME』自体が、『ドラえもん』の名作短編を数多く「再現」し、そしてそのターゲットを「かつてドラえもんを観ていた人々」に設定することで、観客にかつてドラえもんを観て感じた思いを「再現」させるものだったと言える、ような気もします。

観客はドラえもんたちが自分たちの想い出を劇中劇で再現するのを追いかける中で、自分の感動を再現していた、というのがこの『STAND BY ME ドラえもん』という映画だったのかもしれません。

『ドラえもん 新・のび太の大魔境』の感想(ニ・完)

 前回に続いて、『新・のび太の大魔境』の感想をアップしたいと思います。

 

(今回の記事は多分にネタバレをふくみます。昨年の映画とはいえ、気になる方もいらっしゃると思いますので、ご注意ください)

 

1 総評

2 原作の再構成

2.1 バウワンコ王国パートの掘り下げ

(ここまで前回の記事に掲載)

iseyan93.hatenablog.com

 

2.2 特に印象的だった点

ひたすら挙げればきりがありませんが、今作の原作からの変更点・より掘り下げられた点で、特に気になった点を3つ紹介したいと思います。

 

(1)ジャイアンがペコを一発殴る

原作、旧作以来、『大魔境』で最も盛り上がるシーンの一つ、空飛ぶ船の爆撃に燃え上がるジャングルの中、ジャイアンがペコを追い、おそらくは「どうして来たんだ」と言うペコと口論の末に、一緒に戦おうと二人とも納得し決意するシーン。

 

元は二人とも口論に疲れてしまい、どちらともなく納得する、という感じでしたが、ここで、ジャイアンがペコを殴り飛ばす、というシーンが追加されていました。

ここには、もともと好きなシーンでただでさえ感動しているのに「そう来たか!?」という感じ*1

 

しかも、このシーンはのび太たち(ジャイアンたち、と言うべきか)とペコとの別れのシーンにも活かされていました。

 

ここで指摘したいのは、ペコというキャラクターは、歴代映画ゲストキャラクターの中でも、のび太ジャイアンの二人とそれぞれに特別な友情を持った、やや特殊な例だ、ということ。ゲストキャラクターが特に誰かと強い友情を築く場合、大抵相手はのび太であり、そうでなくても一対一対応する場合が多いと思いますが*2、ペコの場合、のび太ジャイアン、二人それぞれと強い絆を持っているキャラであり、ある意味では描きにくいキャラと言えます。

 

そこで今作では、のび太との間には「捨て犬と思って拾った時にのび太があげるソーセージ」が、そしてジャイアンとはこの一発が友情の象徴として描かれ、そして別れのシーンでもジャイアンが自分の頬にげんこつをあててから、どこでもドアをくぐって去っていく、という結末に活かされていました。

 

(2)のび太、サベール隊長との戦いで、電光丸の電源が落ちる

原作では電光丸で競り勝ち、旧作では動き出した巨神像の歯車に足をとられたサベール隊長、今回は名刀電光丸の電源が切れてなお立ち向かってきたのび太と最後の一撃を交え、勝利を確信した瞬間に動き始めた巨神像の揺れに足を取られ、寸の所でのび太に敗北。

そして「見事だっ」とのび太を讃え、その場に倒れるという、原作『宇宙開拓史』のギラーミンとの決闘並に格好いい敵役に。

 

そして、ここまでのサベール隊長の描かれ方が、これまた徹底して格好いい。

元々ペコことクンタック王子は剣の名手であり、サベール隊長がそれを警戒するという展開はありましたが、今回ではペコが王国を逃げ出すシーンで最後に戦うのもサベール、ブルススの屋敷での戦いの後を見てクンタック王子が現れたと見極めるのもサベール、そして荷台に隠れていたドラえもんたちの存在に勘付き、ひみつ道具でごまかされるも、御者台に座っていたチッポに非礼を詫びて立ち去るなど、徹底して武人としての美学を貫くキャラとして、復活していました。

 

上で述べた(1)がジャイアンとペコの友情の描きなおしだとすれば、ペコはきっといい王子になれるよと前の日の夜にペコに言ったのび太がサベール隊長を食い止める*3のは、のび太がペコのために何かを成し遂げるシーン、と言えるでしょう。そこで、元々魅力的なキャラでありながら、あまり細かく描かれることがなく、たとえば『宇宙小戦争』のドラコルルに比べて印象の薄い敵役に終わっていたサベール隊長が、今作ではのび太が成長するための強敵として立ちはだかり、そしてのび太の成長を見届け、讃え、倒れていくキャラクターとして、まさに「リメイク」されていたように思います。

 

(3)活躍したチッポ

『大魔境』のゲストキャラといえば、ペコや敵の他にはブルススやスピアナ姫が思いつきますが、今作ではチッポにしっかりと活躍の機会が与えられていました。

 

ここでも、クライマックスで王国の国民を奮起させるという重要な役回りを果たすにあたって、サベール隊長の強敵っぷりが描かれたのと同様、チッポの過去がより深く掘り下げられていたこと、そしてのび太達がペコと戦うことを決意する一つのきっかけにもなっていたことは原作からの大きな変化と言えます。

 

(4)その他+小括

他にも、ペコとスピアナ姫の恋愛の描かれ方がお洒落に掘り下げられていたり、スピアナ姫がただ囚われているだけでなかったり、「十人の外国人の残りの五人」が現れるタイミングが旧作とは違って見ている側は「まだか!?」とハラハラしたりするのですが、きりがないので省略。

 

ただ、これらの点は、主に「原作で重要だったシーンに、新たな展開を取り込み盛り上げる」「原作ではあまり描かれなかった点をより掘り下げる」という方向に大別できるのだと思います。

前者では、元々展開を知っている者にとっては期待より上の感動やドキドキを(名刀電光丸が止まった時は「のび太どうするんだ!?」となりまして)、後者もまた、今までは活かされきっていなかったキャラや展開をより深く掘り下げ、盛り上がるシーンをより深みのあるものにしていたのではないでしょうか。

 

 

3 旧作とのリンク-音楽の使い方を中心に-

2で述べたのは主に「原作をどう映像化したか」ということでしたが、ここでは同じく漫画『のび太の大魔境』を映画化した82年の映画との関係について、少し考察してみたいと思います。

 

旧作とのつながりを最も感じたのは、やはりジャイアンがペコを追いかけるシーン。

旧作なら主題歌「だからみんなで」が流れるところで、今回も劇中歌「友達」が流れ、その間キャラクターの台詞はなく、スネ夫が追いついて6人揃ったところで台詞が戻ってくるという流れ。

知っていても感動してしまいました。むしろ知っているからこそ、「だからみんなで」が流れる旧作のシーンも思い出しながら感動していてような気もします。そこからの、先に述べた「ジャイアンが一発殴る」というので、期待に応え、そしていい意味で期待をうらぎるシーンでした。

 

さて、少し深読みをすると、その後、未来から来たのび太たち4人(元の5人+ペコを率いて巨神像に入っていったドラえもんを除く)が兵隊を迎え撃つシーンで、あえて「夢をかなえてドラえもん」がBGMに選択されていたのは、旧作ではここで「ぼくどらえもん」のアレンジが流れていたことを意識していた、のかもしれません。

 

 

4 いくつか気になった点

と、ここまで絶賛してきたので、最後にいくつか、「ここはこうでも良かったのでは」という点も指摘しておきます。

 

一番気になったのは、ペコが「勝負あったようですね」というのが早すぎないか、ということ。せっかく空飛ぶ船の大編隊の爆撃でジャングルが燃え上がるシーンのインパクトが強かったので、そこまでもう少しひっぱってほしかった気がしました。

色々と深く掘り下げたために時間の厳しさに苦しんだか? という印象を受けましたが、真相はどうなのでしょう。

 

あと、個人的に気に入らなかったのは、火を吐く車のデザインと動き方。空飛ぶ船はよかったと思うのですが、どうも「ついに古代兵器を復活させた」という無骨さ、ある意味では「なんとか復活させた」ものの余裕のなさ、みたいなものがないデザインだったと思います(そんな装飾する余裕あるの?っていう)。あと、動きも少し軽々しかったような気がしました。

 

あと、たぶん意見が分かれるだろうなーと思ったのが、巨神像の動き。自分としては「アリ」というくらいの印象でしたが、きらいな人はきらいそう。

 

 

5 まとめ

というわけで、以上二つの記事にわたって『新・大魔境』について感想と、若干の考察めいたことを書いてきました。

 

前にも述べたことですが、『恐竜2006』でみせた「30年前の名作漫画を、最新の技術と、リメイクゆえに可能な全面的再構成をもって、現代の劇場アニメーションに復活させる」ということを、さらにハイレベルで実践してくれた傑作でした。

 

来年は『日本誕生』の映画化が予告されていますが、『日本誕生』が今度はどうよみがえるのかが楽しみです。

*1:一緒に観ていた人も、同じ感想を持っていた人が多かったよう。

*2:『海底鬼岩城』のバギーちゃんとしずかが代表例。他、『宇宙開拓史』のチャーミーとドラえもん、など。

*3:元々は一人だけ疲れて追いつかれたわけですが、今作ではより「追撃者をくい止める」という要素が強かったような印象を受けた。

『ドラえもん 新・のび太の大魔境』の感想(一)

昨日、昨年の映画『ドラえもん 新・のび太の大魔境』を観る機会に恵まれました。映画全体の感想については、これまた別に書く機会をいただいたのですが、ここでは、自分が特に気になった点について、感想と若干の考察をアップしたいと思います。

(分量が多くなりそうなので、2回くらいに分けてアップする予定)

 

 

1 総評

まず、この映画を観た全体の感想を一言。

 

「この映画を作ってくれてありがとう」

 

この一言に尽きます。「これでどうだ」という、気迫さえ感じる映画でした。

 

そもそも、現声優陣になって最初の映画『のび太の恐竜2006』は、26年前の漫画『のび太の恐竜』を、技術の進歩と展開の再構成によって、現代に通じる映画として描いてみせるというものでした。この『新・のび太の大魔境』は、現体制になって8年を経て、2006年にやってみせたことを、更に高いレベルでやってみせる、という映画だったのではないでしょうか。

 

2 原作の再構成

ただ、ここで注意したいのは、『恐竜2006』にせよ『新・大魔境』にせよ、かなりの「再構成」を行っている、つまり「変えるべきは変えている」ということです*1

 

この変えるべきは変える、という点が、自分の感じたこの映画の大きな魅力の一つでした。ここについて、少しみていきます。

 

2.1 バウワンコ王国パートの掘り下げ

『大魔境』は原作から一貫して、前半のアフリカ探検と、後半のバウワンコ王国内でのいわば「市街戦」という、2パートから成る物語といえます*2。前後半がそれぞれに魅力をもつと共に、前半は後半への伏線としても機能しているわけですが、今回の映画化では、後半により力点が置かれていたように感じました。

 

誤解を恐れずあえて言えば、『大魔境』の前半は、クライマックスへの伏線としては、かなり「重すぎる」のだと思います。もちろん冒険パートは面白いし、そこでのび太達がひみつ道具を失うなどして疲弊し、苦労してたどりつくからこそたどりついた先での戦いも盛り上がるのですが、この「バウワンコ王国に辿り着く苦労」は、辿り着いた先の「バウワンコ王国での戦い」には特に反映されません。

この「二重構造」の影響は、ゲストキャラにも及びます。『大魔境』は、歴代大長編・映画の中でも比較的ゲストキャラが多い部類と言えますが*3、そのキャラクターの大半が漫画で言えば後半になってからしか登場しない、という特徴があります。その結果、スピアナ姫やサベール隊長は、あまり多くを語られないキャラとして「温存」されていました。

 

この映画では、物語の描き方として後半の王国での戦いにより重きを置き、そしてそこを盛り上げるためにバウワンコ王国のゲストキャラ達について、より深い描き方がされていた、という印象を受けました。そしてその掘り下げは、のび太たちメインキャラクターにも反射して、ただ「もう一度映画化した」で終わらない、「もう一度作りなおす」というリメイクに貢献していました。

 

(続く)

*1:たとえば『恐竜2006』の見せ場であるティラノサウルスとスピノサウルスの戦いは、原作にも旧作にもない。

*2:そういう意味で『大魔境』は、『宇宙小戦争』や『ブリキの迷宮』に近い展開ともいえる。

*3:メインキャラのペコに加え、味方にブルスス、チッポ、スピアナ姫、敵役にダブランダー、コス博士、サベール隊長がいる。この点、メインのエルの他には自動報復装置ポセイドンしかいない『海底鬼岩城』などとは対照的である。また、例えば一見多く思われる『宇宙小戦争』でも、パピの他にはロコロコ、ゲンブ、適役にギルモアとドラコルルしか名前は挙げられていない。

7月10日ドラえもん感想~これだけは語りたい「スイカ割りにスイカペン」~

さかのぼっての更新になりますが、10日のドラえもんについて、どうしても書きたいことがあったので、感想を更新させてください。

この週、多くの方は3話めの「タマシイムマシン」に描かれた、のび太とママの親子愛に胸を打たれたことでしょう。

 

が、あえて言いたい。

この回、見るべきは「スイカ割りにスイカペン」だと。

 

「スイカ割りにスイカペン」

おそらくアニメオリジナル*1

まずは流れを追ってみましょう。

 

1流れ

1.1のび太の狂気とドラえもんへの伝染

まず、冒頭から悲しげなBGMに乗せて、幼少期の「スイカ割りでジャイアンが割ってしまい自分は割れなかった想い出」を語るのび太「ぼくの番は、回ってこなかった……」という声の悲壮さと、ジャイアンがスイカを割る瞬間を、スネ夫としずかちゃんが大喜びする中、1人だけ絶望に表情をひきつらせながら見つめるのび太が泣けるとか笑えるを通りこして、狂気を感じさせます。

 

そこでドラえもんが「丸いものに模様を書くとスイカになるペン」を出すのですが、ここから徐々にのび太の気迫に呑み込まれていくドラえもん、着実にのび太のマッドさが伝染していきます。

さっそくペンをつくってスイカを作りのび太は人生初のスイカ割りをするのですが、なんとここでドラえもんが用意したのはビー玉のび太が振り下ろしたバットに、ビー玉(サイズのスイカ)は、スイカ"割り"というよりかは粉々に粉砕

完全にスイカ割りを理解していないとしか思えないドラえもんの仕打ちに膝から崩れ落ちるのび太のび太ですが、それを見て「やったね、のび太くん!」と飛び跳ねて喜ぶドラえもんも完全にキてます

 

こうしてのび太のスイカ割りへの執着は、着実にドラえもんを狂わせ、中盤へ突入。

 

1.2スイカ割りのためには手段を選ばないのび太

こうして丸いものを探すのび太ドラえもんですが、なかなかそう都合よく丸いものは見つかりません。「百円ショップで安いボールでも買えば」という視聴者のツッコミをよそに、ついにのび太がその本領を発揮。

 

ドラえもんの頭を両手でかかえ一言、「このくらいの大きさだったらちょうどいいのに」。

そう、この男、鉄人兵団の尖兵を撃つことさえためらった心の持ち主でありながら*2スイカ割りのために親友の頭部を粉砕しようとしているのです。

 

大長編でさえみせない、いや、短編だからこそ発揮される狂気をにじませながら、物語は中盤へ。

 

1.3介入するジャイアンスネ夫、そして結末へ

都合よくしずかちゃんから大量の風船を手に入れたのび太ドラえもん、ついに空き地でスイカ割りへ。

 

しかし、そうは問屋がおろさない。

そこに訪れたジャイアンスネ夫、その他名も無き多数の脇役たちが、スイカ割り大会をはじめます。冷静に考えれば「空き地に他人がスイカを置いていたからそれを割ろう」という発想も正常とは思えないのですが、もはや作品世界全体を支配した狂気は視聴者が疑問を差し挟む余地を残しません。

絶望に青ざめるのび太を前に次々と割られていくスイカ。子どもが楽しそうにスイカ割りをするのを、地面をはって何とか止めようとするのび太と、それを笑顔で見つめるしずかちゃん(しずかちゃんもこの狂気から無縁では決して無い)。

ついに割られつくしたスイカを前に、のび太メガネを爛々と光らせ、震える手にバットを握りながら、かすれる声で「スイカ、スイカ……」とつぶやき続けるばかり

 

他人のスイカを無断で粉砕して完食しておきながら平然としているジャイアンに猛抗議するのび太を見て、ドラえもん最高のトリックスタースネ夫がついに動きます。

もちろん、砂浜で眠っていたドラえもんのスイカ化

親友の頭部を粉砕しようとしたのび太もそうですが、友人にそうと知らせず親友の頭部を粉砕させようとするスネ夫。流石はいとこの同級生を魚雷攻撃で爆殺しようとした男の親族です*3

 

そして幸せそうにねむるドラえもん幸せそうに眠っている時点で、のび太にスイカ割りをさせる気があったとは到底思えんません)に迫り来るのび太。そして脳天に一撃が振り下ろされようとしたその時、ついにドラえもんが両手でバットを受け止め、なんとか事無きを得るのでした。

そして帰り道、ドラえもんを粉砕しようとしていたことなどまるで気にする様子なく落ち込むのび太の前にスイカをもったパパが現れて最後はスイカ割りをして終わるのですが、その辺は割愛。

 

2考察

以上が「スイカ割りにスイカペン」の概要でした。こうして見ると、このストーリーが

①くだらないことで絶望的に落ち込み、それを渇望するのび太

②その願いを、ずれた方向に叶えようとするドラえもん

③願いかなわず凶暴化していくのび太

④周囲の加担によるエスカレート

という、見事な加速ぶりをみせていることがわかります。

 

それぞれの要素を分解してみましょう。

 

まず前半、①くだらないことで絶望的に落ち込み、それを渇望するのび太にと、それを②明らかにずれた方向に叶えようとするドラえもんです。

このパターンは、マッド系短編の黄金パターンと言っていいでしょう。ヒーローになりたいというのび太にフクロマンスーツを出すドラえもん*4、よかん虫をのび太の頭にのせて煽り立てるドラえもん*5のような、のび太の夢を叶えつつも何かを引き起こさずにはいない可能性を見せてくれます。

 

そして、ひみつ道具を得て、狂気を見せるのび太

スイカ割りのためならば、ドラえもんの頭部を粉砕することもいとわないという姿勢にいはあの一話を思い出さずにはいられません。「分解ドライバー」です*6

知る人ぞ知る「なんでもいいからバラバラにしたいぞ」と笑顔で言ったのび太の精神、その片鱗を感じさせずにはいられません。

 

そして最後、それをしっかりアシストする周囲にも注目です。直ちに比較対象を出せないのは情けないところですが、ひみつ道具の仕組みを知った非のび太によるエスカレートもまた、ドラえもんの定番といえましょう。

 

3まとめ

以上、このたった10分にも満たない短編には、ドラえもん短編の若干危険な魅力がつまっていました。古いファンにとってのアニメ観賞は、ともすると「原作がどうアニメ化されたかを確認する作業」になりがちですが、今回は古いファンにとっても新しい、そして懐かしい感動(?)を味わわせてくれる放送だったと言えるでしょう。

 

今後もこのような、あるいは「水田時代の分かいドライバー」と呼ばれるような名作が登場することを祈って、このへんで。

*1:「ドラララ」は2作目にオリジナルを入れる方針のよう

*2:のび太は司令部に鏡面世界の秘密を知らせようとしていたリルルと対峙し、いつでも撃てる状況にありながら、ついにリルルを撃てず逆にリルルに「いくじなし」となじられながら電気ショックで制圧されてしまう。大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス)参照。

*3:スネ吉は、のび太ドラえもんが乗っ取り公園の池を航行していた戦艦大和のプラモデルを、2人が乗っていると知りながら魚雷発射装置付きゼロ戦ラジコンで雷撃、これを撃沈している。ドラえもん(14) (てんとう虫コミックス)参照

*4:ドラえもん (34) (てんとう虫コミックス)参照

*5:ドラえもん(12) (てんとう虫コミックス)参照

*6:単行本未収録だったため入手困難だったが、現在ではドラえもん 18 (藤子・F・不二雄大全集)に収録されている。

7月24日ドラえもんの感想

先週のと今日の分をまとめて更新しようと目論でいたのですが、今日の分は録画を忘れてあえなく断念。というわけで、先週のドラえもん「夏祭りだよ!ドラえもん1時間スペシャル」の感想を。

 

「ムードもりあげ楽団」

ほぼ同名の原作*1のアニメ化でした。調べてみたところ、ムードもりあげ楽団は14巻の表紙も飾っていたことに気づきました。

 

「つまらなさそうな顔は生まれつき」と言いつつ、最近ののび太は(他のキャラクターも含め)けっこうハイテンションだと思うのですが、それに合わせてかムードもりあげ楽団の盛り上げ方も気合が入っていたように思います。

それと、最近の更新でも何度か「最近、出木杉の扱いがひどい」というようなことを書いてきましたが、しずかちゃんの家に出木杉がいただけで「生きる希望を失」うのび太のテンションが光っていました。ムードもりあげ楽団よりも、楽団にもりあげる素材を供給できるのび太がすごいのかも。

 

「楽々バーべキューセットはラクじゃない」

テレビ朝日summer station*2宣伝のためのタイアップ企画。サバンナ高橋さん考案のひみつ道具が、本人の演技で登場。

Wのエンディングを経験した世代として、ドラえもんのタイアップというものには一種の拒否反応がないと言えば嘘になりますが*3、今回のはお話も「特別企画」的にコンパクトにまとまっていて、好印象でした。

声優にチャレンジ、というのはタイアップでもありがちですが、ひみつ道具役ということで印象に残るものの台詞も多すぎず、全体の雰囲気を壊すことなく、一方で存在感もあったように思います。

 

「南海の大冒険~キャプテン・シルバーの財宝~」

原案は『ドラえもんのび太の南海大冒険』の原作にもなった「南海の大冒険」*4でしょう。原作では、のび太ドラえもん・しずかちゃんと、ジャイアンスネ夫が張り合う展開でしたが、今回はその要素を残しつつも、のび太たち5人と、オリジナルキャラのキャプテン・シルバーとの掛け合いがメインでした。

 

このキャプテンシルバー、実によき三下悪役で、のび太たちを利用するはずがことごとく自分が痛い目にあい、そのせいでのび太たちも返って本性に気づかない、という展開。一方で、ドラえもんがとばっちり役を引き受けて笑いを取る中、のび太がけっこういいところを見せてくれました(ムードもりあげ楽団の効果が残っていた?)。

 

この前の「ダンボール宇宙ステーション」同様、このくらいのスケールのお話というのは、映画でも原作でもなかなかないので、時々アニメで見せてほしいなと、個人的には思っています。

 

 

昔はストーリーのストックも多く、夏ともなれば2時間スペシャルがくまれた時期もあったので若干さびしい感じもしましたが、久々の「ドラスペ」を楽しめた先週でした。

ではまた。

*1:ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス)収録。

*2:テレビ朝日・六本木ヒルズ 夏祭り SUMMER STATION|テレビ朝日

*3:大山版の最後期には、エンディング曲でタイアップが頻繁に行われ、特に最後のエンディングとなったWの「あぁ いいな!」はすこぶる不評だった。これについて、どこかの新聞に投書が載ったというような記憶があるのだが、定かではない。出典を確認できたら報告したい。

*4:ドラえもん(45) (てんとう虫コミックス)収録。