『方丈記』が想像以上に重く暗い話だった

先週末に試験が終わったわけですが、試験前に「今学期はいろんなことをがんばった。その成果だって上々だ。しかるにだ、なぜこんなにも試験前に追い込まれてしまったのか。フランス法をまとめている頃は順調だった。一体どこで間違えたのだろう。ああ、人の人生とはあだなるものかな」と思い、せめて同じようなことを考えた先人の残した書物を紐解いて孤独を癒やそうと考えて図書館で借りてきた『方丈記』を読み終えました。

方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

方丈記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

 

 結局試験前に読み終えなかったので、先人に共感することなく試験は終わったのですが、読み終えてみると想像以上に暗い話でした。「ゆく河の流れは絶えずして」のしっとりとした出だしが有名で、かつおおまかな内容は聞いたことがあったので、京での世俗の幸せを追い求めることに倦んだ長明が、もの寂しく優美な文体で、権力闘争に荒んでいく都と遁世した自らを描くのかと思いきや、都の方は「荒んでいく」というような生易しいものではなく、大地震で武士の子どもが崩落に巻き込まれて圧死し親の武士は取り乱して号泣するわ、その後の疫病で都には死体が散乱してその撤去もままならないわの、まさしく阿鼻叫喚。あまり試験前に気分を上げていくときに読むべきものではなかったでしょう。

もっとも、後半で自らについて書き記すところになると、冒頭部から感じられるのと同じような憂鬱さの中の優美さのようなものも戻ってきて、心落ち着けるには良いかもしれません。特に心に残ったのは、60歳になった長明が庵の近くに住む10歳の子どもと遊ぶというところ。都での出世を目指し虚栄心を満たすために自分を偽って過ごす時間から解き放たれ、50歳もの年齢差を超えて透明なふれあいをする姿は、うるわしいというかうらやましいものがありました*1

ちなみに文章はというと、特に序盤と終盤はとても綺麗です。『方丈記』を思いついたのも、文学部の友達が「やばいほど日本語が綺麗」と言っていたからなのですが、それほど感動する感性は自分にはなかったものの、概ね納得するものがありました。付け加えて言うと、古文の方は注釈もついているので、訳を見なくてもだいたいは受験古文で追えるレベル*2。高校の頃の古文の先生曰く「簡単だし初めて読むなら」とのことでもあるので、もしよければ紐解くのもいいかもしれません。

 

柄にもなく、知識もないのに古典についてつらつらと書いてしまいましたが、本業の本をもう少し読み進めねばならないので、今日はこの辺りで。

*1:時代も場所も異なるが、ジャン・ジャック・ルソーが同じようなことに言及している。

*2:「洋画を見てみたら受験英語で8割くらい理解できた」という状況のイメージ。