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『ドラえもん 新・のび太の大魔境』の感想(一)

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昨日、昨年の映画『ドラえもん 新・のび太の大魔境』を観る機会に恵まれました。映画全体の感想については、これまた別に書く機会をいただいたのですが、ここでは、自分が特に気になった点について、感想と若干の考察をアップしたいと思います。

(分量が多くなりそうなので、2回くらいに分けてアップする予定)

 

 

1 総評

まず、この映画を観た全体の感想を一言。

 

「この映画を作ってくれてありがとう」

 

この一言に尽きます。「これでどうだ」という、気迫さえ感じる映画でした。

 

そもそも、現声優陣になって最初の映画『のび太の恐竜2006』は、26年前の漫画『のび太の恐竜』を、技術の進歩と展開の再構成によって、現代に通じる映画として描いてみせるというものでした。この『新・のび太の大魔境』は、現体制になって8年を経て、2006年にやってみせたことを、更に高いレベルでやってみせる、という映画だったのではないでしょうか。

 

2 原作の再構成

ただ、ここで注意したいのは、『恐竜2006』にせよ『新・大魔境』にせよ、かなりの「再構成」を行っている、つまり「変えるべきは変えている」ということです*1

 

この変えるべきは変える、という点が、自分の感じたこの映画の大きな魅力の一つでした。ここについて、少しみていきます。

 

2.1 バウワンコ王国パートの掘り下げ

『大魔境』は原作から一貫して、前半のアフリカ探検と、後半のバウワンコ王国内でのいわば「市街戦」という、2パートから成る物語といえます*2。前後半がそれぞれに魅力をもつと共に、前半は後半への伏線としても機能しているわけですが、今回の映画化では、後半により力点が置かれていたように感じました。

 

誤解を恐れずあえて言えば、『大魔境』の前半は、クライマックスへの伏線としては、かなり「重すぎる」のだと思います。もちろん冒険パートは面白いし、そこでのび太達がひみつ道具を失うなどして疲弊し、苦労してたどりつくからこそたどりついた先での戦いも盛り上がるのですが、この「バウワンコ王国に辿り着く苦労」は、辿り着いた先の「バウワンコ王国での戦い」には特に反映されません。

この「二重構造」の影響は、ゲストキャラにも及びます。『大魔境』は、歴代大長編・映画の中でも比較的ゲストキャラが多い部類と言えますが*3、そのキャラクターの大半が漫画で言えば後半になってからしか登場しない、という特徴があります。その結果、スピアナ姫やサベール隊長は、あまり多くを語られないキャラとして「温存」されていました。

 

この映画では、物語の描き方として後半の王国での戦いにより重きを置き、そしてそこを盛り上げるためにバウワンコ王国のゲストキャラ達について、より深い描き方がされていた、という印象を受けました。そしてその掘り下げは、のび太たちメインキャラクターにも反射して、ただ「もう一度映画化した」で終わらない、「もう一度作りなおす」というリメイクに貢献していました。

 

(続く)

*1:たとえば『恐竜2006』の見せ場であるティラノサウルスとスピノサウルスの戦いは、原作にも旧作にもない。

*2:そういう意味で『大魔境』は、『宇宙小戦争』や『ブリキの迷宮』に近い展開ともいえる。

*3:メインキャラのペコに加え、味方にブルスス、チッポ、スピアナ姫、敵役にダブランダー、コス博士、サベール隊長がいる。この点、メインのエルの他には自動報復装置ポセイドンしかいない『海底鬼岩城』などとは対照的である。また、例えば一見多く思われる『宇宙小戦争』でも、パピの他にはロコロコ、ゲンブ、適役にギルモアとドラコルルしか名前は挙げられていない。