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映画『ドラえもん のび太の新・日本誕生』感想(1)

年度替わりの忙しさで3か月以上にわたって更新を放置してしまい、事実上のブログ閉鎖か、という様相を呈していましたが、またぼちぼち更新していきたいと思います。

 

 というわけで今回から、何回か(少なくとも2回、たぶん3回?)くらいに分けて、そろそろ落ち着きつつある今年の映画『ドラえもん のび太の新・日本誕生』について、少し感想をアップしたいと思います。

ドラえもん 新・のび太の日本誕生

ドラえもん 新・のび太の日本誕生

 

(まだ映像ソフト等は予約もはじまっていないので、かわりにゲームのリンクをはってみました*1

 

全体の感想

「良かった」というのが、全体的な感想です。細かいことで「あー、こっちよりあっちがよかった」というようなこともあるにはあるのですが、全体としてはとても良かった。

この意見は周囲の評判を聞いていてもおおむね共有されているようですが、一方で「どこが良かったか」については、割と意見が分かれるのではないか、という気もします。

というわけで、この記事では主に「自分から見てよかった」ところについてコメントしてみたいとおもいます。

 

歴史をつくる物語としての洗練

原作、旧作から一貫して『日本誕生』に共通するテーマとして、「日本というくにの歴史がはじまる瞬間に立ち会う物語」という点が挙げられるでしょう。そこは、今回のリメイクでは今まで以上に洗練されて描かれていました。

 

特によかったのはクライマックス。原作ではのび太がドラコ・グリ・ペガを連れてのび太が現れると比較的簡単に倒されていた感のあったギガゾンビとドラえもんたちとの攻防が、歴史というテーマにそった形で、より盛り上げられていたことでした。

 

ギガゾンビが、今作で追加されたアイテムである亜空間破壊装置でタイムトンネルの破壊を企てるなか、その亜空間破壊装置にククルがとびかかり、必死の力を振り絞りながら素手で装置を破壊する。

そしてドラえもんとギガゾンビの二度目の対決。22世紀の原始生活セットの石槍では勝てなかったドラえもんが、今度はククルの本物の石槍でギガゾンビに勝利する。そして仮面を割られ、ただ狼狽する老人の姿が見えたギガゾンビに「偽物の歴史が、本物の歴史に勝てるもんか!!」と言い放つ。

 

この流れは、歴代映画ドラえもんの中でも、屈指の名クライマックスだったと思います。ドラえもんvsギガゾンビという、基本的には未来人vs未来人という構図の中で、最も無力なはずのククルが未来人の作り出した亜空間破壊装置に素手で立ち向かうという姿には、まさに「本物の歴史」が「偽物の歴史」に立ち向かうたくましさが表れていました*2。かつ、装置にとびかかり、幼い少年の身体の力を振り絞り亜空間破壊装置をへし折るククルの表現は絶妙だったと思います*3

そして亜空間破壊装置を破壊されたギガゾンビにドラえもんがとどめを刺すシーン。ドラえもんが敵と直接対決するという珍しさ、そして一見すると「1世紀負けた」前の対決と同じことの繰り返しのようにみえて、なぜかドラえもんが勝つという驚き。そして前述のセリフ、という流れも、観客の予想を裏切る勝利のカタルシスも相まって、クライマックスの頂点にふさわしい盛り上げ方をしてくれていました。

 

この「歴史をつくる物語」というテーマが編み込んだうえで、派手に盛り上げたクライマックスは、単に映画の華やかさを増すだけではなく、それまでの「歴史がつくられていく」描写(例えばドラえもんがヒカリ族に秘密道具を貸すことを拒んで「文明の発展」を語るシーン)を受けて、この映画に重みをもたせていました。

 

というわけで、今年の映画のクライマックスはーそのクライマックスをドラえもんとギガゾンビの対決と観る限りはー歴代映画ドラえもんの中でも最高クラスの名クライマックスだったのではないかと思います。そしてそれが、私が今年の映画を「名作」と思った理由でした。

 

というわけで今年の映画で一番好きだったことを書いたうえで、次はまた違ったことについて感想をまとめてみたいと思います。

(つづく)

*1:ちなみに、『日本誕生』は旧作もゲーム『ギガゾンビの逆襲』としてゲーム化されている。

*2:さらに、ドラコやペガが現れたシーンで、ヒカリ族の人々が手に手に石槍を持って、「ドラゾンビ様を助け出せ!!」とクラヤミゾクとギガゾンビ相手に殺到する様子が描かれ、そしてククルの父親とクラヤミ族の頭らしき人物との闘いも、比較的丁寧に描かれているこ。

*3:そして細かいことを指摘するなら、へし折られた亜空間破壊装置の断面が、何の変哲もない電子回路らしきものとして表現されていることにも芸の細かさを感じる。